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2017/04/29
勇気と200円
 チューブから出した絵の具をそのまま塗りたくったみたいに青い空は、雲一つさえなくて、カミサマに手抜きされて作られたみたいだった。うちの高校は田んぼと住宅しかない残念な立地だから、4階建ての校舎の屋上を遮るものはなにもない。開放感を具現化したらきっとこんな感じ。そんな開放感を楽しむことも出来ない臆病な私は、校舎にへばりついているみたいな小さな小さな日陰で膝を抱えて石になる。授業中の学校は教室で感じているよりずっと静かだ。その気になれば自分の教室の数学の授業を聞き取れるんじゃないかと思うぐらい。静かな午後。私の心臓だけがうるさかった。罪悪感と不安とに潰されて、ときどき呼吸することも忘れてしまう。やっぱりサボるんじゃなかった。私を屋上に連れてきた張本人は、授業が始まって学校が静かになるとどこかへ行ってしまった。遅いなぁ。割れたペンキの隙間から錆が滲むドアを睨むと、それを待っていたかのようなタイミングで嫌な音を立てて重いドアが開いた。
「先輩、ガリガリ君とパピコどっちがいいですか?」
 始業のチャイムが鳴ってから終業のチャイムが鳴るまでの間、校外へ出ることが許されていない私たちにとってあり得ない二択を提示しながら平沢が顔を出す。校則を何とも思っていない様子の彼女は授業にもあまり出ていないらしい。同じ高校に来ていたことさえ知らなかった中学時代の後輩が、私につきあってのサボリを決めるまでに時間はかからなかった。
「じゃあパピコ」
「やっぱパピコかぁー」
 そういいながら平沢は日向で眩しそうに太陽を見上げる。教室から見えるかもしれない、なんて怯んだりはしない。いじめが原因にしても不良的なものにしても、授業をサボる人というのはなんとなく日陰みたいなイメージがあったけど、平沢は日向がよく似合う。出席日数ぎりぎりのところまで授業をサボるその理由は知らないけれど、風船の糸が切れて地上に戻れなくなったみたいな、そんな理由なんじゃないかと思う。
「先輩、ソーダでいいですか?」
「え」
 反応できないうちに、青色のパッケージを手渡された。平沢は何もなかったみたいな顔をして味違いのガリガリ君をあけている。
「・・・・・・パピコは?」
 ガリガリ君ソーダ味、の文字に困惑しながら聞いてみると、平沢はコンビニの袋からパピコを取り出す。
「パピコはやっぱ二人で分けないと、ですよ」
 得意げな顔をしているが、ガリガリ君とパピコとの二択を投げた理由がさっぱりわからないままだ。ヘヘヘ、と笑った平沢がシャクリと音を立ててガリガリ君をかじる。こぼれた欠片が焼けたコンクリートの上で溶けて染みになる。あまりにおいしそうで最初の二択の意味なんかどうでもよくなって、私も偽物のソーダにかぶりついた。そこからは私も平沢も、隙があれば棒から落ちようとするアイスに振り回されながら夢中で食べた。少しだけベトベトになった親指と人差し指をこすりあわせている私の横で平沢がパピコを切り離す。
「お待ちかねのパピコです」
「パピコ中毒みたいな言い方やめてくれる?」
「でもパピコおいしいですよね」
「たまに食べたくなるよね」
 今度は柔らかくなっても落ちないから、私たちにも余裕がある。結露した水滴で指のべたつきも気にならなくなってくると、次に気になったのは平沢の横に放り出されているコンビニの袋だった。ガリガリ君2つとパピコ。3つのアイスを買ったにしてはあまりに大きい、スーパーから帰る主婦が下げているサイズの袋がそこにはあった。
「何買ってきたの? あと、アイスいくらだった?」
「とりあえずアイスは勝手に買ってきたので100円だけもらいます」
 私から受け取った100円をポケットにつっこんで、平沢がコンビニの袋から取り出したのは氷枕2つだった。少し堅くなってひび割れている茶色の分厚い袋と、その口を止める金属製のクリップ。氷枕だと認識した瞬間に懐かしいゴムの臭いが鼻に届いた。
「保健室から借りてきました」
 借りてきたと平沢は言ったが、十中八九無断だろう。
「大丈夫なの?」
「大丈夫です。使ってないので。熱出して保健室行くと冷凍庫からアイスノン出てきます」
「・・・・・・詳しいね」
「1学期は授業サボるのにちゃんと仮病使ってたんです」
 ちゃんと、の使い方がおかしい気がしたけれど、青空と氷枕とのミスマッチの前では何も言う気になれなかった。平沢は上機嫌でコンビニの袋からロックアイスとミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、二つの氷枕に半分ずつ入れていく。冷たい水とちょっと特別感のある氷が次々と口に入れる気さえ起きない何かに変わっていくが、平沢は怯まない。なんたる贅沢であることか。私がもったいないだとか氷がかわいそうだとか考えているうちに2つの氷枕が完成した。
「どうぞ」
 くたん、とクリップの重みで折り曲がった氷枕を受け取る。形の定まらないそれは想像より重かった。
「一回屋上で使ってみたかったんですよねぇ」
 日の当たるコンクリートに寝ころんで、早速枕を頭の下に入れた平沢が言う。私も真似して寝ころんでみる。日陰に入りきらなかった膝下がジリジリと焼けていくのがわかるくらいの暑さの中で、ゴム越しの氷水の冷たさはとても心地よかった。寝返りを打てば耳元でたぷんと水音がするのもいい。これは、本当に、
「めっちゃいいですね、これ」
 私が言おうとしていたこととほとんど同じことを平沢が言った。
「氷がもう少し簡単に用意できたらなぁ。ロックアイスって妙に高くありません?」
「んー、買ったことないけどどのぐらいなの?」
「250円くらいでした」
「あー、気軽に氷枕出来る値段ではないねぇ」
 250円なんて、下手したらお昼ご飯1回分になる。確かにこんなアホみたいな使い方をするには少し抵抗のある値段だ。
「水が2リットルで100円だったんですよ、氷1キロって水1リットルでしょ? 50円じゃないですか!」
「まぁ、凍らせたりとか凍ったまま運んだりとかもあるし」
「でも高くないですか? 50円って2割ですよ?」
「確かに」
 氷の値段のうち水の値段は2割。残りの8割はなんの値段なのだろう? そんなことを考えると、耳の横にある銀色のクリップを外して中身を日の下でじっくり見たくなってくる。授業をサボって何を考えているんだって感じだけれど、平沢もじっと黙って考えている。
「私に足りない勇気の値段、とかですかね」
 ぽつんと平沢が出した結論は、言われてもピンとこないものだった。勇気に値段が付くかどうかはさておき、平沢の行動は大胆で勇気が足りていないとはとうてい思えなかった。
「だってもし調理室の冷蔵庫を借りるとかできたら払わなくてよかった200円じゃないですか。さすがに調理室忍び込んで氷が凍るまで隠し通すってのは勇気がないから、コンビニで謎の200円を多く払って氷を買う、みたいな感じでしょ? じゃあ足りない勇気の値段かなって」
 なるほど、と思わず喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。一瞬納得しかけたが、足りない勇気を補った平沢、すなわち保健室で氷枕を拝借し調理室で作った氷を詰めて屋上で授業をサボって寝ころんでいる女子高生というのはあまりに異常だ。
「調理室の冷蔵庫を我が物顔で使うようになったら、それは生徒じゃなくてヌシ的存在だよ」
「ヌシかー楽しそうだなぁ」
「3年になるころにはなれるんじゃない?」
「卒業できなそうだなぁ、その人」
 授業をサボっているくせに卒業はしたいのか、と意地悪なことを考えていると、急に平沢が黙った。真剣な表情で、しーっ、と囁いて人差し指を唇の前で立てる。静かにすると階段を昇ってこちらに近づいてくる足音が聞こえた。平沢は忍者のようにコンビニの袋やアイスのごみをかき集めて雨水を流すためのパイプに押し込んでいた。屋上にいることは誤魔化しようがないとしても、余罪は隠し通すつもりらしい。ゴミは隠したとしても一番やばい証拠、すなわち氷枕はどうするのだろう、と眺めていると、なんと平沢はセーラー服の背中にそれを押し込んだ。一瞬でばれる、あまりに雑な対処法に笑いそうになったが私もそれをまねる。背中に入れるとその冷たさは心地よいとは言えそうになかった。
「私が無理言ったって言いますから、先輩は話を合わせてください」
「駄目だよ、私がもともと教室行きたくないって言ったんだし」
 ひゅうと体温が下がっていくのはきっと氷枕のせいだけじゃない。きっと私の顔は真っ青だ。
「先輩、無理しなくていいですよ。まぁ、言い訳したところできっと怒られますけど何も言わないよりマシでしょう」
 余裕の表情で平沢が言う。こんな状況なのに堂々としていて、私にはとても信じられない。無理しているのは事実で今にも泣きそうなのはきっと表情に出てしまっているから、それ以上平沢に意見することはできなかった。心臓がまたバカみたいにうるさくなって、重いドアが開かれた時には止まってしまうかと思った。
「え、白川くん?」
 顔を出したのはクラスメイトだった。不真面目な印象はない、どちらかと言えば静かで真面目そうなタイプ。先生じゃないと分かると気が抜けて、背中から氷枕がべしゃりと落ちた。白川くんが屋上に来たというのも驚きだったが、もっと驚いたのは平沢が彼を知っていたということだ。
「なぁんだ、白川さんか。焦りましたよ」
「平沢さんいるの見えたから。今日はなんていうか、意外な組み合わせだね」
「中学のときの部活の先輩です」
「なるほど、バド部だったって言ってたね」
 自然にそんなやりとりをしている二人を呆然と見ていると、白川くんが照れくさそうに笑う。
「えーと、こっちはまぁサボり仲間、みたいなやつ」
「白川くんは体が弱いんだと思ってた」
 授業中よく保健室へ行くのはサボっていたのか、と疑心暗鬼になりかけたところで白川くんが訂正する。
「病持ちはホント、そんな嘘はつかないよ」
「私が仮病使いまくってた時に、保健室行くとよく白川さんがいたので仲良くなったんです。あと白川さんが授業抜けるときは基本体調悪いんで、あんまサボりって感じじゃないです」
 そう言いながら平沢は氷枕を白川くんに渡す。白川くんは「氷枕だ、すごいね」と嬉しそうに受け取って、そのままごろんと寝ころんだ。その顔色は確かに血の気が引いていて、作り物のように白かった。
「回復するまで寝てるだけなら外の方が絶対気持ちいいよ、って言われてからときどき保健室に行ってないんだよ。平沢さんって面白いよねぇ」
 くすくす笑いながら白川くんが言う。ときどき保健室に行ってない、と言った口調は悪びれる様子もなくて、白川くんも平沢の仲間なんだなと思った。きっと、ここに先生が近づいてきたとき白川くんも余裕の表情で怒られることをあっさり受け入れるんだろう。褒められたことではないのは事実なのだけれど、白い横顔にさっきの平沢の表情が重なって見えて、憧れのような感情が胸に涌く。サボり魔なのだけど、自由とか青春とか、そんな単語が似合う人たち。
「これでいっか」
 私の気など知る由もない平沢はさっき潰したペットボトルをぺこんと復元するとそれを頭の下に敷いて寝ころがった。
「氷枕取っちゃってごめんね」
「いいですよ。気持ちいいでしょ?」
「うん、最高」
 そんなやりとりを聞きながら、私も氷枕で寝ころんだ。さっきと同じ体勢なのになぜか居心地が悪くて何度も寝返りを打つ。たぷん、たぷんと水音が耳障りだ。
「氷はどうしたの?」
「コンビニで買ってきました。あ、さっき先輩とも話してたんですけどコンビニの氷って高くないですか?」
 平沢はさっき私とした話を要約して白川くんに伝える。
「白川さんはこれ、なんの200円だと思います?」
「うーん、氷で存在することに対する価値、みたいなものじゃない? 平沢さんは勇気十分だと思うし」
 平沢は納得いかないようで唇を突きだして黙り込んでいる。白川くんがのんびりした口調で付け加える。
「だってこんな暑いのに氷があるのってすごいじゃない。しかもここ学校だよ。200円プラス平沢さんの勇気でこの氷は存在していると言っていい」
 白川くんの言っていることは夢はないけれど、平沢の意見より正しい気がした。まだ納得できない平沢に、白川くんは出荷から手元に届くまでの流れで200円を説明している。1つ1つ聞くとなんという苦労だろう。200円が安いとさえ思えてきた。白川くんはプロショッパーにでもなればいい。
「なんとなく、分かった気がします。でもやっぱ高いと思います」
 一通りの説明を聞いた平沢はそう言った。会話に入ることなく石になりかけた私はぼんやりと白川くんの言葉を思い出している。
“200円プラス平沢さんの勇気でこの氷は存在していると言っていい”
 たぷん。首の向きを変えてまだ話し込んでいる2人を見た。この2人に憧れて遠慮しているんじゃなく、一緒にこの時間を過ごす方法を1つだけ思いついた。
「平沢、これ」
 無理やり握らせたのは200円。
「なんですか? 高い高いって言ってますけど別にお金が欲しいわけじゃないですよ」
 笑いながら私にお金を返そうとする平沢の手を押し戻してひとつ伸びをする。200円で私が買いたいものは一つだ。
「学校で氷が存在することに対する価値、の一部を負担しようかと思って」
「なんのために?」
「先生に見つかったら、ここに氷があるのは私の200円と平沢の勇気のせいだから平沢と一緒に怒られる」
 平沢は眉間にしわを寄せて私の顔を見た。
「怒られるために200円って先輩おかしいですよ」
「私は氷が解けるまでの間のスリルを買うの」
 白川くんが「なるほど」とつぶやいた。返すことを諦めたのか、平沢は百円玉を一つずつ両目に乗せて遊んでいる。交渉成立ということでいいだろう。心臓はまだ少しうるさいけれど、それでも前より気にならない。見つかったら怒られればいいじゃないか、という開き直りとともに過ごすとサボりの時間が少しずつ輝きだした。

「氷が解けたら先輩、どうするんですか?」
 唐突に平沢が聞いてきた。寝返りするたびに感じ取れた氷の感触は、もう慎重に探さないと見つからない。サボり始めてから1時間近くが経過して、今は日本史をサボっている。白川くんはとっくに授業に戻ってしまった。氷が解けたあとのことは200円を払った時に決めていた。
「教室に戻ろうと思うよ」
「大丈夫なんですか?」
 教室に行きたくない、と私が漏らしたとき、平沢は本当に心配してくれて、それは今でも同じみたいだ。
「すごい楽しかったから大丈夫」
 行きたくないという気持ちはあるけれど、開き直り方が分かった今、教室はそんなに怖くなくなっていた。
 それからしばらくして氷枕はぬるくなった。クリップを外して、焼けたコンクリートに枕の中身をぶちまけた。もちろん氷は一つもなかった。
「しんどくなったら、またサボりましょう」
 ずっと日向に置かれていたから私のよりずっと早くぬるくなっていたはずの枕に寝ころんだまま、平沢が言う。
「ありがとう」
 やっとお礼が言えたと思ったら鼻の奥がつんとして、慌てて袖で目元をぬぐった。もしも次があったら、今度は私が氷を買ってこれるといいなと思う。

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