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2017/07/08
オレンジ
 シュッシュッと規則正しく鳴っていた音が止む。どうやら採点が終わったらしい。ノートを覗き見るとオレンジ色のマルが7つとバツが1つ。不満そうな顔で解答を睨む先輩が投げ出した三色ボールペンにセットされているのは、オレンジ・黄緑・ブルーブラックの3色だ。
「三井先輩、オレンジで丸つけするんですね」
「ん? 緑よりはオレンジだろ、フツー」
 別に緑でもいいんだけどさと言って、先輩はオレンジと黄緑のペンをカチャカチャと交互に出して遊んでいる。
「そもそも赤・青・黒じゃダメなんですか?」
「んー、でもオレンジと緑の方が夏っぽくてよくない?」
「もう秋ですよ」
「俺、夏生まれなの。8月7日」
 好きな人の誕生日を知ったのに、手帳にハートのシールを貼ってみようだとか恋占いをしてみようだとかそんな浮かれた気分にはなれなかった。今更知ったところでどうしようもない。だって8月はもう終わってしまったし、来年の8月に先輩はもうここにはいない。
 いつだって私は先輩に追いつけないのだ。
 塾の体験授業の帰り道、生まれて初めて一目ぼれをしたのが4月。学年と名前、それから部活を知ったのが5月。テニス部だと知った日の次の日には地区大会で負けて引退してしまっていた。初めて喋ったのは6月の雨の日だった。7月になってやっと、塾で何の授業を取っているのかが分かって火・木・土曜に来ていることを知ったけれど、すぐに夏期講習になって取っている授業が変わってしまった。8月には先輩の成績がいいことと指定校推薦を狙っていることを知ったけれど、私の1学期の成績じゃその後を追いかけるのはどう頑張っても無理そうだ。そして8月生まれの先輩の誕生日を知ったのが9月。ここまでくるともう笑えてくる。先週、先輩がこの空き教室で自習していることを知った時はやっと光が見えたと思ったのに。
「なんか似合わないですね」
「割と気に入ってるんだけどな」
 追いつけない悔しさから口に出しただけなのに、先輩は少し本気でがっかりしているように見えた。
「来年はサークルとかで日焼けして立派な夏男になるぞー、おー」
 適当なことを言っているけれど、先輩の視線は問題集の上に落ちていた。先輩はくるりと黄緑で問題の番号に印を付けて、ボールペンの後ろで頭をかいている。問題集は私が使っているのと色違いだから数学の問題を解いていることは分かるのだけど、先輩のノートは数字よりアルファベットの方が多いくらいでとても数学を解いているとは思えなかった。サイン、コサインはこの前やったけど、それでも何をどうしたらそんな式を扱うところまで辿りつけるのかは分からない。
「良かった、ミッチーやっぱここにいたー」
 静かな教室の扉をガラガラと開けて知らない女の先輩が入ってきた。
「ごめん、勉強デート中だった?」
 私の方を見て彼女はそう言ったけれど、一応、って感じがひしひしと伝わってきた。そりゃあそうだろう。一つ机を挟んで座っている距離感はどう考えてもデートじゃない。
「ううん、教室シェアしてるだけ」
 三井先輩がそう言って、それは事実なのに少しだけ傷つく自分がずうずうしくて嫌になる。
「今日の数学のノート見せて」
「寝ちゃった?」
「ううん、多分写し間違えた」
「なるほど。汚いけどこれでいい?」
「ミッチーのノート全然見やすいよ」
 別にいちゃついているわけじゃない。それでも胸の奥の方がぎゅっとなった。
 ページは縦半分に区切って使う。2Hのシャーペンで書いた薄い文字にオレンジと黄緑がぽつぽつ混ざっている。線の間の下半分に収まるくらいの小さな文字がいかにも先輩らしい。ときどき右下の角がオレンジに塗りつぶされているのは眠くて仕方ない時の癖だ。ペンで間違えたところは修正液じゃなくて四角く塗りつぶしている。少しでも先輩に近づきたくて見ているうちに覚えてしまった先輩の癖はこんなにあるのに、肝心の内容は一つもわからないノート。
「あ、ニジョーが抜けてるんだ。ありがとう」
「カヨちゃん、宿題やった?」
「やったよ」
「ここってどうやんの?」
 2人の会話は何を言っているのか全然わからなくて聞こえないふりをした。そうして息を止めるみたいにして宿題をやっているふりをしていると、なるほど、と三井先輩がオレンジで何かを書き込んだ。どうやら解決したらしい。
「じゃあまたねー」
「ありがとう」
「こちらこそー」
 そういって“カヨちゃん”は出て行った。終わった終わった、と嬉しそうにノートを閉じた先輩は上機嫌だ。
「私も3年生になりたいなぁ」
 ぽろりと思いが口に出た。
 どうしようもないのは分かっていても、もし私が3年生だったら、と考えてしまう。肩を並べて3年間の高校生活を過ごすことができたなら、と。先輩のことをミッチーって呼んだりして、学校祭や修学旅行を一緒に過ごして、部活の試合の応援に行ったりするのだ。過ぎてから知った誕生日は「来年は祝うよ」なんて言って、言うのが遅いよって笑う。“カヨちゃん”みたいに勉強を教えることはできないかもしれないけれど、それでもノートに書かれていることが何となくわかって、テストの点数を聞いて凄いねなんて言ったりして、
「3年生になりたいなぁ」
 もう一度言うと、先輩は不思議そうに首をかしげた。
「俺は1年に戻りたいけどなぁ」
 ノートを仕舞いながら先輩が言う。
「そしたらもっと勉強しとく。あと部活ももっとやって、で、彼女作っとく絶対」
「彼女、ですか」
「もう恋も遊びもその他もろもろも大学までおあずけなんだぜ高3なんか」
 やってらんないよなぁ、と言って先輩は立ち上がる。授業始まるから行くよ、と荷物をまとめながら私の手元を覗き込む。
「三角比はめんどくさいけどマジちゃんとやっといたほうがいいよ」
 そう言って先輩はペンで私の書いた式を指す。
「ここ、違うね」
「え、ありがとうございます」
 驚いているうちに、先輩はじゃあねと言って出て行った。閉まった扉を見ながら、恋は大学までおあずけかぁ、と先輩の言葉を思い出す。先輩が私のことを何とも思っていないのは分かっていたし、全然進展がないこの恋はきっと上手くいかないんだろうとも思っていたのに泣きたくなった。それでも馬鹿な私は、3行目のcosαの下にポツンとついたオレンジをこれから何度も触ってしまうのだろう。

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