キラキラヒーローズ☆

 朝から続いている穏やかな長い雨は夜になっても止まなかった。天気とお揃いみたいに朝からずっとぐずっていたお姫様のご機嫌は、日が沈むと同時に急降下した。大きくて真っ黒な瞳からはぼろぼろと大粒の雨が降る。
「ナナ、ほら、お兄ちゃんからのプレゼント」
 母さんが差し出している箱の中身はずっと前から欲しがっていた人形だって言うのに、我侭なお姫様はそれを押し返しながら頭を振る。
「母さん、明日でもいいよ」
 僕と同じ顔をしている、双子の兄貴がそう言って、母さんは困ったように笑った。テーブルの上に放置されている食べかけのケーキまで泣いているように見えて、もうどうしようもない。僕も黙って頷くと、母さんは上手く誤魔化して、父さんにナナを渡す。7月7日はあと5時間ばかり残っているが、小さなお姫様のタイムリミットはシンデレラよりずっと早い。父さんとお風呂に入って、細い髪を乾かしたらもう彼女の1日は終わってしまうのだ。父さんとナナがお風呂へ、母さんがパジャマなんかの準備をするために部屋へ消えて、リビングに残された僕たちはどちらからともなく溜息をつく。
「あと少しでやみそうなのになぁ」
 そう言ってカーテンの向こうを眺める兄はイチと言う。漢字で書くと一。
「やんでも曇あるし」
 そんなことを言いながら隣に並んだ僕はツグで、漢字で書くと二。単純明解な名前だが、どうやら読みにくいらしい。ほぼ100%の確率でハジメと呼ばれる兄貴と、同じぐらいの高確率で、えーっと、なんて言われる僕。どっちが不幸なのかは今でもよくわからない。そんな僕らとちょっと年の離れている、小さな妹の名前は七。クラスメイトなんかにこの話をするとたいてい7人兄弟なのか、と問われるがそう言うわけでもない。僕らには最初から、一と二、それから七しかない。二人きりだった僕たちが中学生になり、生まれて初めての期末試験に緊張していたころにナナは生まれた。そして僕たちが期末試験など一夜漬けでいいと堕落し始めている今年、ナナは生まれて初めて雨の中で誕生日を迎えた。普通なら誕生日の天気など然して重要ではないのだが、ナナの場合は少し特殊だ。彼女の誕生日は今日、7月7日。1年のうちで体育祭と遠足の次ぐらいに雨が降ってはならない日で、それは三も四も五も六もすっ飛ばして彼女が七になった理由でもある。
「あと2時間じゃ変わらなそうだね」
 欲しがっていた人形は少ない小遣いを遣り繰りするだけで手に入れられても、天気ばかりはどうにもならない。雲はどうやら厚くはなさそうだけれども、しとしとと音もなく降り続く長雨はちょっとやそっとじゃやみそうにもない。天の川どころか星一つ見えない空を見上げて僕は溜息をついた。イチはといえば、緩く握った右手の、人差し指に軽く歯を当てたままで黙りこくっている。それはイチの癖だった。勉強から悪戯まで、何かを考えているときのイチは必ずそうしている。成績は僕より酷くて、イチの一は下からの一だ、なんて言われているけれど、こういうときのイチは本当に頼りになる。誰も思いつかない、奇跡を生み出す。
「ツグ、金ある?」
 長い沈黙の後、イチがそういった。部屋の財布は空ではないものの月末状態で、今月分のお小遣いをもらったのがたった1週間前だなんて信じたくもない。
「あんまり、ない」
「俺も。だけど1000円出して」
 イチが自分の財布の中を覗きこみながらそう言って、僕らは財布と携帯だけポケットにつっこんで家を出る。僕が1000円、イチが1000円。
「どうすんの?」
 僕が聞いたら、イチはにやりと笑って2000円の使い道を僕に告げる。思わず僕も、イチみたいににやりと笑ってしまった。そのまま傘も持たずに家を飛び出して、僕らは少し遠いコンビニまでの道を駆ける。たった2000円だけど、姫を笑顔に変える魔法を生み出す。天の川を引きずり落とすのだ。

 家のベランダから見下ろせる公園、滑り台の下で準備を終えた僕らは笑った。携帯電話の時計を見ればタイムリミットギリギリで、僕はふっと溜息を漏らす。
「あ、俺、ケータイ忘れた」
「わー、無計画」
 む、っと口を尖らせるイチの横、僕は家に電話する。るるる、と3回呼び出し音が鳴って母さんが出た。
「もしもし、あ、ツグだけど」
 親だから流石に外見の区別はつくけれど、電話越しの声はほとんど区別がつかないらしい。いつもどおり名乗ると、その瞬間どこにいるの、と怒られる。ちらりと隣のイチを見たら、にやりと口元だけで笑っていた。多分最初からこうなることを知っていて携帯電話を忘れたのだろう。もしかすると本当は持っているのかもしれなかった。
「ゴメン、すぐ帰るから。それより、ナナ、もう寝ちゃった?」
「起きてるわよ」
 ナナー、ツグ兄からお電話。電話越しにそんな声が聞こえてきて、僕はイチにピースサインを送る。暗闇の中、カチッカチッと何度か音がして、そして魔法の杖から星が生まれる。
「もしもーし、ナナですよー」
 少し眠そうな、舌足らずの可愛い声がそう言って僕は安心する。
「ナナ、ベランダに出て」
 カチッと僕の左手に握られた棒の先に灯が燈る。
「天の川が、見えるよ!」
 そうして僕らはキラキラとこぼれる星を引き連れて、雨の降る真っ暗な空の下に飛び出した。ナナは空を見上げて見えないと泣く。もっと、もっと近くに在るから。
「空じゃなくってもっと近く。滑り台のとこ!」
 そう言って、僕は飛び跳ねながら大きく手を振る。そうしているうちにイチの右手の魔法が解けてただの棒になって、慌てて僕が魔法のお裾分けをした、その時、ナナがこっちを見下ろした。
「すごい、ツグ兄、キラキラだ」
 電話の向こう、ナナが笑う。やっと、笑ってくれた。それが嬉しくてもっと大きく振ってやろうとしたら、イチが横から右手を突き出す。しばらく考えて、僕が左手に持っていたそれはくるりと先が巻いて燃え尽きてしまっていることに気付いた。イチが2000円の全てを使って買おうといったのは、ホントは魔法の杖なんかじゃなくただの花火なのだけど、それでもちゃんとナナを笑顔に変えてしまった。やっぱり魔法みたいだ、なんて思いながら僕は3本一緒に燃えている花火を受け取ってイチに携帯電話を渡す。何をいわれたのか知らないが、くすりと小さく笑みを漏らすイチの横、僕はさっきより大きく花火を振り回した。こぼれた星が降り注いで、ちくりと腕に痛みを残す。
「ナナ」
 イチが言った。
「願い事、絶対叶うから」
 そう、いつだって僕らは可愛い妹に飛びっきり甘いヒーローなのだ。火傷だらけの腕で星をばら撒いて、晴れの日だって雨の日だって一番近くでナナの幸せを祈ってる。