ドラマチック

 胸に付けた花が空気みたいに軽く思えるほど着飾った同級生たちは皆、そわそわと落ち着かない。その空気に飲まれぬようぼんやりと教室の隅で座っている、私は今日この高校を卒業する。国公立大学合格者が毎年3人出ればいいとこで進学実績は下がる一方、かといって進学校の名を捨てきれないで専門学校や就職の実績もない中途半端な県立高校。私も含め、ほとんどの生徒が第一志望で入学したわけじゃないから、愛校心の欠片もない。こんなはずじゃなかったって感じの未来に絶望している私に、卒業おめでとうと書かれたリボンの下がる花は馬鹿馬鹿しいにもほどがあるって感じだった。
「どうしよう、私、絶対泣いちゃうよ」
 そう言って私の隣で付けまつ毛の具合を確かめる真紀はいつもよりずっとアイメイクが濃い。
「泣くほどのことかなぁ」
 3年間毎日のように着た制服のセーター、ほつれ始めた袖もとを気にしながら私は適当に相槌をうつ。
「だって卒業だよ?」
 真紀は真剣な顔でそう言った。卒業式。卒業生という意味で私は主役であるはずなんだけど、主役が400人もいるんじゃなんだかなぁ、って感じ。自分がナンバーワンだなんて到底思えないから、私はしょせん400番目に近い存在である。しかも去年と一昨年の2年で知っている、うちの卒業式は荘厳な雰囲気などどこにもない安っぽいセレモニー。去年の先輩なんて、退場の際に飴をばらまきながら去っていった。どこに泣く要素がある、バカらしい。
「弥和ちゃんはクールだし泣かないか」
 つまらなそうに偽物のまつ毛の先をつまんで真紀が言う。まーね、と答えて私はぼんやりとここで過ごした3年を思う。限りなく空白に近い、つまらない日々だった。興味もなく将来役に立つとも思えない授業、意味のない会話、ここを出たらすぐに他人になるであろう上辺だけの友人たち。卒業してからの未来がこれより素晴らしいなんて夢を抱く気にはなれないが、それでも名残惜しくなど思えない3年間。本当に、何を思って泣けばいいんだか。
「っていうか、卒業式長すぎない?」
「え、1時間とか?」
「2時間だって」
 そんな長いの、信じらんない。真紀の言った言葉は珍しく同意できる意見であった。2時間。しかも暖房なんてついているわけない体育館で、しかもペラペラのスポンジが入ってるだけのパイプ椅子で。なんで無理をしてまでそこに居座らなきゃいけないんだと思う。こんな無意味なイベントだというのに。
「あー、絶対寒いし。帰りたい」
「いいじゃん、弥和ちゃんは。私なんて隣、山田なんだよ」
 ため息をつきながら真紀が言う。山田というのはうちのクラスで一番ネジが飛んでる男子で、何を考えているのか、同じクラスで2年過ごした今となっても全く分からない。
「予行練習の時も隣でずっとぶつぶつ一人でなんか言ってんの」
「なにそれ、めちゃくちゃ怖い」
「もう、別の意味で泣きそうだよ。弥和ちゃんかわって」
「それは勘弁」
 笑いながら私がそういうと、真紀は頬を膨らませる。
「弥和ちゃんは隣誰?」
「沖田」
「いいなー、沖田くん」
 うらやましい、って真紀は言うけど、沖田は別に女子みんなが憧れる美少年とかではない。
「まぁ、山田よりはましだけどね」
「それもあるけどさー、いいなー沖田くん」
「真紀、沖田のこと変な人って言ってたじゃん」
「だけど、弥和ちゃんは仲いいじゃん」
「普通だよ」
「えー、私、弥和ちゃんと沖田くんは付き合ってるんだと思ってた」
「それはないから」
 結構似合ってると思うんだけどなー、なんて真紀が恐ろしいことを口に出したとき、担任が教室に入ってきて廊下に並ぶよう指示する。無意味極まりない卒業式の始まりだった。
 身長順に男女1列に並ぶというのは、高校生になってからほとんどなかった。体育は男女別だし、全校集会とかで真面目に並ぶほど私たちは正直じゃない。だから、隣が沖田だと知ったのは一昨日の予行練習でのことだった。真紀が言うほど仲がいいわけではないが、それでも普段から話している男子は沖田のほかにいないから、まぁそこそこラッキーなんだとは思う。
「卒業だねぇ」
 沖田が言った。ほぼ平均身長の私たちはともに列の中ほどにいるのだけれど、当然沖田のほうが背は高い。並んでみると思っていたより高くて驚く。
「どうかした?」
「何でもない」
 あわてて顔をそらす。隣のクラスに続いてゆったりと動き出した列の中、のんびりと沖田が笑う。
「しかし、志崎さんは泣かなそうだねぇ」
 今日はなんだかそればっかりだ。私はそんなに冷たい人間に見えるのかしら。
「沖田もね」
 悔しくて適当にそんなことを言ってみた。沖田は少し困ったように、好青年の見本みたいな笑顔を浮かべる。体育館から聞こえてくる明るい音楽とまばらな拍手。教頭の上ずった声が告げる。
「卒業生、入場」

 沖田とは2年の時に初めて同じクラスになった。沖田総矢という微妙に惜しい名前のその男は、教室の中でさほど目立つ存在ではなかったように思える。
「沖田は、ほら、あれ、沖田総司と関係あるのか?」
 2年4月。出席を取った担任が適当なことを言った。
「ないですよ」
 当然のように、目立たない男子が答える。そりゃあそうだ。友達の友達が芸能界に入る以上に、歴史上の人物由縁の人間が教室にいることは珍しいだろう。しかも沖田総司にも新選組にも縁がないこんな土地で。
「まぁ、」
 存在に似合わぬ、明るい声が付け足す。
「沖田総司を越えて遡れば、もしかすると繋がっているのかもしれませんが。まぁ、そこまで遡ると先に俺と先生のほうが繋がっちゃいそうだけどね」
 質問のくだらなさを思えば、その答えはなかなか面白い。そう考えて少し沖田総矢という男子に興味を持った。そこで私は次の休み時間、沖田総矢に聞いてみたのだ。
「親が新選組好きだったり?」
 それは、担任がした質問に比べればあり得る推測であった。やんわりと人当たりのいい笑顔で沖田総矢は答えた。
「逆。チサとテツヤの子供で総矢っていうあほみたいにテキトーな名前付けただけ。あー、ちさのさが俺の総の字なんだけど。両方とも新選組にも歴史にもまったく興味がないから、うっかり名前かぶっても気づかなかったの。トモヤとかにしてくれればよかったんだけどなー」
 本当に何も考えていなかったらしいよ、と彼は言った。知総、哲矢、知矢。出てきた名前に正しく漢字を当てはめられるようになったのは3年になって沖田の家に遊びに行った時のことで、その時の私は意味も分からずその言葉を聞き流していた。
「それじゃあ、沖田総矢と沖田総司は無関係かぁ」
 推測も外れてしまって、しかも初対面の男子と話すことなんてほかに思いつかなくて私はそんなことを言う。そんな私に、沖田総矢は真面目な顔で向き直る。
「まったく無関係ではないかもしれないよ」
 あ、これだ。彼の付け足す、次の言葉に期待する。彼は配られたばかりのプリントに「矢」と「司」を並べて書いた。
「一字違いで字画が同じなんだよね。同じような運命かも」
 なるほど、面白い。
「早死にしたり?」
「病気でね」
 よく知らないけどさ。沖田総矢が言った。
「死ぬなら高校生で死にたいなぁ」
「なんで?」
「千羽鶴とか寄せ書きとかもらってさ、で、卒業式は居ないのに卒業証書準備してもらったりとかして涙さそうの。ありがちな感じに」
「ドラマチックだねぇ。でも死にたくはないなー」
「うん。できればね」
 のんびりした口調で沖田総矢が言った。
「でも、死ぬぐらいしないと俺の高校生活にドラマなんてないし」
「青春とかは?ありがちに」
「死ぬより難しいかも」
「言えてる」
「やっぱ死ぬしかないかー」
 高校2年の4月、春には似合わない物騒な話をしながら私たちは何となく携帯電話の番号を交換していた。それから私と沖田はよく話すようになったのだった。クールだとか醒めてるだとか言われてる、教室から1センチくらい浮いているような存在。私と沖田は割とよく似ている存在で、話も趣味もそこそこあった。意見は大体同じだったが、沖田はいつも妄想めいた飛躍しがちの一言を付け足す癖があって、それが私は好きだった。なるほど。沖田と話していてそう思ったことは一度や二度ではない。私と沖田は意見こそ同じだが、考えることは全然違っている。だからこそ話していて楽しいのだ。休みの日にも2回ぐらい一緒に遊んだ。真紀が言うように付き合ってるって噂がたってたことも識っている。それでも、私と沖田の間には何もなかった。キスどころか手をつないだことだってないし、恋人同士になりたいと思ったこともない。沖田に魅力がないとは思わないし、私だって可愛くなくはないんだけれど、それでも私たちは青春に参加することができない人間だった。文化祭に涌き、恋愛話に夢中になり、バカな話題で時間を浪費する。そんなドラマはいつもガラスの向こうで起こっていて、私と沖田は教室の隅からそれを客観的に眺めている。
「青春っぽい」
「うん、みんな楽しそうだね」
 交わされる言葉は、テレビを見ながら抱く感想と同じようなものだった。混ざりたいとは思わなかった。ドラマの中で流れる時間より、蚊帳の外での会話、沖田が付け足す妄想めいた一言のほうがよっぽど価値があるような気がしていた。

 そうしてそのまま1年が過ぎ、3年になっても私たちは同じクラスで、さらに1年が過ぎて私たちは並んで卒業式に参加している。沖田が死ぬことはなかった。新選組に興味などない沖田の親が、遺影を持って卒業証書を受け取るなんてイベントもなく、沖田の卒業証書も私の卒業証書も他の398枚と一緒に卒業生代表の手の中にある。私たちはといえば気持ちなんて一つもこもってない卒業おめでとうを受け流すのに飽きてきて、体育館ではひそひそと内緒話が浮かんでは消える。
「死ななかったなー」
 いくつもの内緒話に紛れてぽつりと、つまらなそうな口調で沖田が言った。同じことを考えていたんだなぁって、ひとつため息がこぼれた。
「ドラマチックじゃないねぇ」
 記憶の中の単語を引っ張り出してそれに応じると、沖田は驚いたように私を見た。
「で、やっぱり志崎さんは泣かないねぇ」
 言われて初めて気づく。卒業式はいつの間にか終盤で、内緒話に混ざってすすり泣く声が聞こえていた。
「沖田だって」
「俺はほら、男子だし」
 適当すぎる言い訳。沖田が泣いていないのは、男子は泣かないなんてそんなセオリーのせいでないのは明らかだ。泣くどころか、沖田の心は微動だにしていない様子である。沖田も私もやっぱりガラスのこちら側にいた。卒業生と呼ばれている中に自分たちが含まれているとは到底思えない。
「いつの間にか2年もたってたんだねぇ」
 他人事のような口調で沖田が言った。いつの間にか。それ以上に私の高校生活を表現した言葉はないだろうと思った。今日だっていつの間にか卒業式が始まって終わろうとしている。1か月前も1年前もいつの間にか一日は過ぎていくもので、それを積み重ねていつの間にか1年が過ぎ、さらにそれを積み重ねた結果としていつの間にか高校生活が終わろうとしている。充実した3年間を思い出深く語る卒業生代表と同じ時間の中で生きていたなんてきっと嘘だ。
「沖田はなんか思い出とかある?」
「そりゃ多少は」
 志崎さんは?って沖田が言わなくてよかった。沖田は聞きもしないのに勝手に思い出について語りだす。
「1年の時に学年名簿見ててさ、ちょっと気になる名前の子がいたんだよね。まぁ、俺の名前も大概気にされる側なんだけど15年も付き合えばニアミスの名前なんて気にならなくなるわけ。だからその子の名前はすごく目立って見えたんだよね。きれいだなって思った」
「それって男?女?」
「女の子」
「なんか青春じゃん」
「で、2年で同じクラスになったその子が向こうから話しかけてくるもんだからびっくりしちゃって。親が新選組好きなの?なんて。俺、生まれて初めてこの名前でよかったって思ったもんね」
 ふぅ。私はひとつため息をついた。期待した私がバカだった。
「なにそれ」
「いや、このまま卒業式中に告白しちゃったらなんかそれっぽい青春の思い出できるんじゃないかと思って」
「ないわー」
「ないかー」
 残念そうに沖田は言うけど、嘘くさい。
「でも、志崎さんの名前がきれいだなって思ったのはマジ。人の名前にテキトーな由来、憶測でつけて話しかけてきた女子が自分の名前を名乗らずに去った時には結構焦った。どうしよう、あの子は俺のフルネームどころかもしかしたら勢いで教えた両親の名前までも覚えてしまってるかもしれないのに今更名前なんて聞けっこないってさ」
「親の名前覚えてるよ、知総と哲矢でしょ?」
「うわ、マジで覚えてんの?よかったー、直接名前きかなくって。すげー悩んでこっそり近くにいたやつに名前きいたら知らないとかいうし。明らか聞く相手悪かったんだけどさ。山田、あいつ、今でも俺らの名前知らないんじゃないかな」
「さぁ、どうだろうね」
 どう考えても話しかけやすいとは思えない山田に焦りながら声をかける姿を想像して吹き出しそうになった。
「うん、でも2人目でちゃんと名前分かって安心した。で、帰って学年名簿見て志崎弥和って志崎さんのフルネーム見てきれいだなって思ったのはホントのホント」
 真面目な表情で沖田が言った。
「変な嘘つくから、それも嘘っぽく聞こえる」
「あー、なんかさー、体育祭も修学旅行もいまいち覚えてないんだよね、俺。でもそれってちょっと悲しい気がして、思い出でっちあげて卒業式告白みたいなドラマチックイベント付け足してみようかなーとか思ったんだよね」
「たしかにドラマチックだけどさー」
 もし、私が沖田の嘘に気付かなかったら今頃私たちはドラマの主人公になっていたんだろうか。そんなことを考えてみたけれど、やっぱりそんなことはあり得ない話だった。沖田の嘘に気付いてしまうほど私は沖田のことを知りすぎている。
「逆転ホームランになる予定だったんだけどなー」
「立ち上がってキスしてみたり?」
「そう、で、手ぇつないで学校中に祝福されて去ってくの」
 安っぽいシナリオに思わず二人して笑いが漏れた。わざとらしく教頭が咳払いをして、私たちはあわてて背筋を伸ばす。
「マジで私がオッケーしたらどうするつもりよ」
「志崎さんならまぁいいかなって思ったりはしてた」
 沖田が言ったその言葉は嘘なのかどうか見極められなくって、沖田のせいで全員起立に遅れた。
「全員合唱」
 教頭がマイクに向かって高らかに宣言した。ちょっと待ってよ、私、沖田に聞きたいことがあるの。心の中で叫んでみても、仰げば尊しの前奏は止めることができなかった。

 仰げば尊しを歌うのは何度目になるんだろう。小学校の時もあった気がするけど、中学の記憶が紛れ込んでいる気もする。少なくとも中高では歌ったから5回は歌っているはずだった。合唱といっても練習などしていないから斉唱だ。あーおーげーばーと歌いながら私はブレザーのポケットから卒業式のプログラムを引っ張り出した。何回も歌っているくせに、タイトルになっている部分しか歌詞に自信がないという体たらくなのである。しかし何回も歌っているという記憶は嘘じゃないらしい、一度歌詞を見ればすぐに思い出すんだから不思議だ。歌詞を見て落ち着きを取り戻して体育館を見渡せば、小さく折りたたんでしまったプログラムをあわてて開いている生徒に紛れて、何人かありえないものを手にしていた。安っぽいピンク色の容器に黄色のキャップ、黄緑色のストロー。
「え」
 あわててあたりを見渡せば、仰げば尊しのメロディーにのって無数のシャボン玉が体育館に浮かんでいた。教職員の列を見れば呆れた顔で笑ってる。怒る気も失せるほど見事な集団による犯行だった。男子生徒のほとんどは歌詞なんじゃなく虹色の泡を吹いていた。不思議と女子は誰もそれを知らなかったらしい。みんな驚いた表情で天井を見上げながら、それでもぼんやりと唇は歌いなれた詞を紡いでいる。いーざー、さらーばー。
「バカだねぇ、男子って」
 1番と2番の間の短い間奏になって私は思わずつぶやいた。
「バカでごめんね」
 独り言に返事があったことに、しかも返事をした相手がほかの男子と同じようにピンク色の容器を手にしていることに、私は大声を出しそうなぐらい驚いた。2番が始まったけど歌う気は失せていた。
「なんで?」
「一昨日チェンメ回ってきて」
 涼しい顔で沖田はシャボン玉を飛ばす。
「そーいうの乗ったことなかったじゃん」
「最後ぐらいいいかなと思ってさ、青春というのも」
 高校生活3年間、私はいつも青春の外側にいて青春してる同級生たちを眺めていた。文化祭も体育祭も修学旅行も自分が主役と思えない私は傍観者に限りなく近い場所で参加していて、でもそれでもいいって思えたのは隣に沖田がいたからで、むしろ一歩引いた位置から青春を語っているぐらいの感じが好きだったのに。
「ずるい」
 思いのほか声は大きかったらしく、シャボン玉を吹いていた近くの男子が驚いた顔で振り返った。でもそんなことは構わない。沖田が向こうに行ってしまった、それが私はどうしても許せなかった。
「ずるいって言われても」
 シャボン玉をしながら沖田は困った顔をした。
「だって、私も、私だってちゃんと青春したかった!」
 やってしまった。今度は「ずるい」の比じゃなく目立ってしまった。ちょうど間奏に入った瞬間を狙ったみたいになって、半径3メートルぐらいにいた人がみんなこっちを見てた。
「参ったなー」
 沖田はごしごしと頭をかいて、何事もなかったかのように3番の出だしを歌う。あーさーゆーうー。それを見て、こっちを見てた人たちは思い出したかのように前を見て歌ったりシャボン玉を吹いたりを再開する。全員が背を向けた後で、そっとピンク色の容器が私の前に差し出された。
「やってみる?青春」
 ちらりとこっちを見て沖田が言った。顔から火が出るほど恥ずかしくて返事もせずに私は緑色のストローをとった。持った時にぬるりと嫌な感じがしたから気づいていたけど、口をつけると苦い石鹸水のにおいが口中に広がった。鼻の奥がつんとして、震える唇で細く息を吐き出せばひとつぽっかり大きなシャボン玉が浮かんでいく。シャボン玉は体育館の天井めがけて高く浮かび上がって、すぐにほかのものと紛れてしまった。
「間接キスだ」
 沖田がそんなことを言うから、急に照れくさくなって、沖田の持ったピンク色の容器に勢いよく黄緑を突き立ててやった。のんびりと沖田は何も考えていないような顔で私の吹いたばかりのストローに口をつけ、またぷかりとひとつ虹色の泡を浮かべる。沖田のシャボン玉もすぐにほかのと紛れてわからなくなる。私も沖田も傍観者などではなくてちゃんと普通の高校生だったのだ。ちゃんと青春だって恋だってできるはずの高校生だったのだ。やっと気づいたというのに、私はもう高校生じゃないものになろうとしている。仰げば尊しが終わる。仰げば尊しが終われば卒業式は終わる。蛍の光のイントロが流れ出して、沖田が笑う。
「志崎さん、泣いてる」
 沖田はやっぱり泣いていなかった。何となく悔しくって、ばしんと背中を叩くとその手をそのまま掴まれた。そうして沖田と私はそのまま手をつないで退場することになった。恥ずかしくて手を振り払ってしまいたい衝動に駆られたけど、拭っても拭っても涙がこぼれる私の両目は役立たずで沖田の手がなかったら私は歩けない。一人だったら在校生の列に突っ込んでいってしまうだろう。
「穴があったら死にたい」
「意味わかんないよ」
 笑って沖田が振り返る。
「それに、あれよりマシだから大丈夫」
 目をこすりながら沖田の指差したほうを見れば、真紀が山田にもたれかかってよろよろと歩いていた。歩いているだけマシというわけか。真紀は山田がいなければそのまま崩れ落ちそうな勢いで泣きじゃくっている。おろおろと困った顔をしながらも真紀のペースにあわせて、列を乱すことも恐れず一歩一歩ゆっくり付き添う山田は実は案外いいやつかもしれなかった。ヒューっと誰かが口笛を吹く。
「はは、真紀、超目立ってる」
「俺らもついでに目立っとく?」
 その意味を考える暇はなかった。強い力で手を引かれた私は気づいた時には沖田の腕の中で、目の端に柔らかい感触。涙の跡にキスされたのだ、って気づいたのは真っ赤になった沖田の耳を見上げてからだった。
「恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
 真紀たちよりたくさんの口笛を吹かれながら私は言った。真っ赤な顔を手で隠しながら沖田が答える。
「でも、俺と志崎さん、今、結構ドラマチックじゃない?」
 驚きに涙も止まって、思わず吹き出した。適当に参加した文化祭も修学旅行もどうだっていい。卒業式のクライマックスで私の3年間は完全に青春に毒されてしまったのだ。
「かなりドラマチック」
 私は笑いながら、後で沖田の第2ボタンでもねだってみようかしらなんて思ってる。ずっと好きだったとか言ってもいいかな。本気かどうか自分でもよく分かんないぐらいだから、沖田もきっと見抜けまい。沖田はどんな顔をするだろう。困るだろうか、それとも俺もなんて言ったりするんだろうか。緊張とか恐怖はなかった。だって私には確信がある。沖田がどんな反応したって、私たちの高校生活はすごくドラマチックに終わりゆくのだ。